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3話

「ゆーなもやってみなよ!」

名も知らぬ茶髪の子の、きっと何気なく放ったであろうそのひとことが、ぼくの心をざわつかせる。

「え、私はいいよ……」

背後から聞こえる優奈の声。

ちさとの命も忘れ、ぼくは舌の動きを止める。

こうなることを、なぜ予想していなかったのだろう。

優奈に、指を舐めさせられる————?

「……んー。いや、ゆーな、ちょっとやってみて」

「えーっ、ちさとまで……?」

女子たちが軽率に外堀を埋めていくのを、黙って眺めていることしかできない。

ぼくにとっても、そしておそらくは優奈にとっても、大きな分岐点が訪れようとしている。

ぼくという踏み絵を前にして、優奈は、どちらの道を選ぶのか。

全ては、彼女の選択に委ねられる。

優奈は、2人の友達を見て、自分の右の手を見て——そして、ぼくを見た。

遠慮にも、戸惑いにも、憐憫にも取れるような表情で、僕を見て。それから。

開いていた右手の形を、おもむろに変えていく。

(……うそ、だよね?優奈……?)

優奈だって、分かっているはずだ。

本心はどうだったか分からない。それでも、表面上はいつだって、小さくなった僕のことを、大人として、人間として尊重してくれた彼女であるからこそ、分かっているはずだった。

————そんなことをすれば、ぼくたちはもう、2度と元の関係には戻れないということを。

人差し指が、ゆっくりと舞い降り、ぼくの前に着陸する。

(…………!な……なに、この指……?どうしてぼくの前に置いたの?ちがうよね?何か、別の理由があるんでしょ?ねえっ……!?)

問いかけても、指は何も答えてくれない。

鼓動が早まり、息が上がっていく。込み上げる不安に。そして、間近で見る、優奈の人差し指の美しさに。

ぼくは彼女の指に、ずっと前から恋していた。

その扇情的な指頭の輪郭の、艶光りするグロテスクな指紋の、温かな血潮を透かす指の腹の虜だった。

つまり、ぼくは優奈にそれを命じられたら、きっと従わずにはいられない。

すがるように見上げる。

優奈がぼくに、何かを告げようとしていた。

(や、やめ、て……)

やめて?

本当にそう思っているなら、ぼくは逃げ出せばよかったのだ。ちさとみたいに、ぼくを恐怖で支配する趣味は、優奈には無いはずなのだから。

結局ぼくは何も変わっていない。事故を装って、優奈の荷物に紛れたあの日から。

違うのに。ぼくはこんなの、望んでいないのに————そう言いながら、震えるぼくの両手は、優奈の指のあたたかな熱を、吸い付くようなその手触りを、言われる前から感じている。

優奈は、歳の割に礼儀正しい子だった。

それでいて大人のように、小慣れているわけでもなかった。

「あ、——さん。おはようございます」

「す、すみません。つい話に夢中になっちゃって……」

「そんな、いいんですか?こんなの、もらっちゃって……」

「いえいえ、ゼンゼンそんな……ありがとうございます」

「ほんとにごめんなさいっ、心菜がまた失礼なことをっ」

「それは、だって、いくら小さくたって、年上の方ですから……」

「ごめんなさい、こんなのしか用意できなくて……」

「……それじゃあ、おやすみなさい」

ぼくは優奈の、そんなところを愛して、いた。

そして、今。

優奈は唇を開いた。

「——お手。」